かつては、自動車や飛行機の設計、F1の車体開発に携わるエンジニア。航空宇宙工学博士を持つバリバリの理系だ。是本さんのチーズづくりは、それら“ものづくり”の延長線上にある―。
仕事の傍ら、趣味としてチーズの世界に足を踏み入れた。チーズのソムリエといわれるチーズプロフェッショナルの資格を取得し、評価する立場も経験。そんな中「やっぱり自分はエンジニア。チーズも作りたくなっちゃったんです」と笑う。熟成、湿度、温度、さまざまな要素を加えたり引いたりしながら、最適な環境を整え、理想のチーズを作る。繊細なチーズ作りは、なんとも魅力的な研究対象でもあった。
自宅でのさまざまなチーズの試作を経て、現在、製造や販売、一般客向けにチーズ作り体験などができる工房を建設中。奥様の地元である佐久に工房を作ろうと決めたのは、たくさんのプロフェッショナルに出会えたからだという。
チーズ用の原乳を出荷していただいている牧場は、当時は生産されたすべての生乳を牛乳の原料として出荷していたたため、最初は生乳が形を変えてこんなもの(チーズ)になることに驚かれていました。しかし、今では「チーズにも合う更なる高品質の生乳生産を目指して、飼育方法や飼料にも試行や工夫をしてくださっていて、いい原乳ができたときは笑顔で報告してくださいました」と振り返る。「生産も加工も販売も、どの立場も対等。それぞれがプロフェッショナル。尊敬しあえるから高めあえる」と自信を見せる。
工房を建てているのは、標高約900m、とろりとした源泉が魅力の春日温泉の近く。「ここには温泉や旅館があり、畑があって、川も流れていて。夏には蛍がたくさんみられるんです」。チーズ工房というと、牧場や高原をイメージするが、ここは少し違う。のどかな里山風景と人々の暮らしの中に、工房が生まれた。
「ヨーロッパのチーズ文化は、長い時間をかけて人々が培ってきた伝統がある。そのやり方をコピーしただけではだめなんです。日本独自のチーズ文化を作らないと。
どんな食事にも合う、お漬け物みたいに」と思いは広がる。地元のシェフが食材として扱えば新しい料理が食べられるし、地元の日本酒と合わせれば、新しい楽しみ方がまだまだ広がる。
是本さんお気に入りの「ウォッシュチーズ」は、熟成過程でワイン・ブランデーなどの地酒や塩水で表面を何度も洗って独特の香りを生み出すチーズの種類。佐久の日本酒やビール、春日温泉の源泉などを使って、この土地ならではのチーズを試作した。
「農業、酪農、酒蔵、ワイナリー、クラフトビール、シェフ、パティシエ―。佐久地域にはさまざまなプロフェッショナルがあちらこちらにいる。結びつきができればもっとたくさんの人を惹きつける、大きな流れができる」という強い信念がある。「自分の得意な“チーズ”でそれらを結び付けたいんです」と野心をのぞかせた。