独立行政法人家畜改良センター長野支場長 加藤 信夫
東京から佐久市に移住してから早 5 年が経過しましたが、佐久には都会にない魅力的な気候・風土、これに根付 く農食文化に魅力を感じています。佐久移住後も何度も出 張などで県外に出かけているのですが、佐久に戻る度に里 山・田園風景の美しさ、空気の新鮮さや水の美味しさを実感しています。首都圏から抜群のアクセス環境にありながら、これほど自然豊かで利便性も兼ね備えている都市はないと思います。
この地に生まれ育った方には日常のことで当たり前、と 特段の価値を感じていないようですが、このような「日常 のくらし」やそこに住む「人」にこそ魅力があると思っています。忙しい東京勤務から解放されて生活に時間的余裕 が出てきたこともあり、異業種で興味深い人と幅広くお付 き合いさせていただいていることも、毎日楽しく生活でき ることにつながっているのだと思います。
しかし、時代の流れを受け、佐久市も他の地方都市と同様に都市化が急速に進み、自然をベースとする地域資源(農・食・景観など)が徐々に失われつつある状況に少なからず懸念しています。地方の活性化のためには経済原則とこれら地域資源の共生の原理がうまく融合できれば、佐久らしさが芽生えて地域の活性化にもつながると考えています。
地域資源再発見・発信事業は、まさに佐久にある地域資源の価値を再発見・再認識するとともに、効果的に域内外の人々に佐久らしさを情報発信し、域外からの人の流れを呼び込むことを目的としています。
独立行政法人家畜改良センター長野支場は、佐久市の恵まれた気象特性(豊富な日照と少雨)を活かして、国産の牧草・飼料作物の品種の「もと種子」を生産していますが、その畑の有機質肥料(緑肥)としてライ麦やそばを栽培し茎葉を畑にすき込んでいます。その実(種子)は精選し競争入札により販売していますが、この牧場産ライ麦を使った第一号の地産地消商品であるライ麦パンが、地元パン屋さんから販売されています。このパンの販売は、パン屋さんがドイツ産ライ麦よりも焼き上がりがよりしっくりくる原料を探していて、たまたま仲介業者さんを通じて当場のライ麦のことを知ったことがきっかけでした。
このライ麦パンの特徴は、豊富な日照と適度な降雨、肥沃な土壌などの自然の恵みと当場の高度な生産技術により良質なライ麦が生産できること、緑肥用のため無農薬、無肥料栽培であること、が挙げられます。さらに収穫された種子は、オリジナルの常温通風乾燥技術と日本でトップクラスの種子精選技術により純度100%となっています。
原料のライ麦種子は地場原料にこだわる長野県の製粉会社の高い製粉技術と地元パン屋の製パン技術により、ライ麦パンが製造され、まさに「佐久の自然と技術の結晶」であると言えます。通常のライ麦は製パン過程において2割程度しか混合できないそうですが(これ以上混合するとふっくらと焼き上がらない)、長野牧場産の原料は3割まで混合でき、お子様にも食べやすい癖のないライ麦パンに仕上がるようです。
商品の販路を広げるためには、このような訴求ポイント(比較優位性)、すなわち「物語性」(素材の特徴や生産にかかわる職人達のこだわりなど)をいかに消費者にわかりやすく伝えるかが重要なポイントになります。
筆者は佐久に移住するまでは東京に約25年住んでいましたが、当時は仕事・生活環境、人間関係などで様々なストレスを受け、毎日何かに追われているような慌ただしさの中で生活をしていて、体調不良が続いていたときもありました。それが佐久に来て短期間で東京で受けていたほとんどのストレスから解放されたような気分になりました。
そこで筆者が地方に求めるものは、心身を癒やすセラピー効果やデトックス効果です。
具体的には、①里山などの美景観、②個性的な町並み、③おいしい食事、④地域のホスピタリティ、⑤くつろぎの場所(空間)が生み出す癒やし効果です。また、地域住民が楽しく生き生きと楽しく暮しているライフスタイルもすてきだと思います。
ここでは「おいしい食事」について概説します。
都会のビジネスマンは普段食事に気配りする余裕がないため、出張の時くらいは、地場産食材を使った食事をゆっくり楽しみたいとの願望があります。
しかし現実は、地方に出ても東京でもおなじみの全国チェーンの飲食店や量販店が目につくので、下調べしない限り目的地にたどり着けません。
食事からご当地の農・畜・水産業や気象条件を推し測ることができます。
おいしい!と感じると店員さんや料理人に食材の産地やおいしさの秘密を聞きます。おいしい食事は東京にも溢れるほどありますが、料理人(シェフ)との会話や癒やしの空間(内装や食器や家具等にこだわるお店など)の中でゆっくり楽しく食事ができところは多くありません。
また、そこを利用する常連さんとのつながりも楽しめます。
一方で佐久は米所にもかかわらず、「ごはん」を目玉とする和食店がほとんど見られないため、残念でなりません。
最近、和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界の注目の的ですが、国内の米の消費量は毎年、約8万トンのペースで激減し歯止めが効かない状況です。その結果、重要なかん養機能を有する水田が縮小し、耕作放棄地や未利用地が増え、地方の魅力が減退しています。水田に貯留された水は徐々に浸透して地下水となる他、直接河川を流れるよりも長い時間をかけて下流の河川に移流するので、河川の安定(防災機能)に役立ちます。
これを水田のかん養機能といいます。佐久にはまだ美しい水田がたくさん残されていて、秋には「はぜ掛け」の風景が見られますが、年々、宅地に置き換わり面積が減少しています。
食材の生産基盤が縮小すれば地場素材を重視する飲食店の経営も成り立ちません。生産者、料理人、消費者が友達のような関係になって地産地消を支えていくことが重要と考えています。
このためには子供達にも地元素材を活かした料理と接する機会を設けていくことが大切だと思います。「食育」というほどのことではなく、子供の頃から地元食材の味に親しんでいけば、食生活も豊かになり健全な生活を送ることにつながると思っています。
佐久には少量多品目を生産しているIターンの野菜生産者が増えていて、耕作放棄地の問題にも寄与しています。このような小さな多様な農業が共存できることも中山間地が多い信州では重要なポイントだと思います。
地域の活性化の視点で言えば、経済原則一辺倒ではなく「共生の原理」にも十分に配慮して、地方の生活を支える多様な農業や集落が共存できるようなしくみが必要と思っています。そのお手本となる地域は筆者が2年間生活したことがあるヨーロッパです。
ヨーロッパでは経済原理による「リボン・ディベロップメント」という無秩序な開発に厳しい規制が引かれています。
市街地から郊外へしばらく車を走らせると、田園や森林地帯が街間の緩衝地帯として広がっています。その途中にはBAR(バール:お酒が飲めるカフェ)、湖畔などにみられる地産地消のレストラン(時にはテニスコートなど併設)、ワイナリー、教会などが建ち並び、農業・自然が身近に感じられます。このため、日本と比べてヨーロッパの住民の住環境や農業・自然への意識はかなり高くなっています。
市街地においても、ローマでは2000年の歴史を感じる築2~300年の石造りの建物(高さ、色が調和)、石畳の道路、厳しい看板規制、夜間の控えめな照明により、個性がある町並みに「統一感」があるのが特徴です。
住民にとっての買い物先は、家電、衣類、食料品など何でも揃う百貨店はなく、家族経営や地元企業の分業化された小店舗、すなわち食料品店、雑貨店、衣料品店、薬局、床屋、電気屋(家電、AV,照明など)、時計屋、車の修理屋(電気系統、バッテリーなど)などが、マンションの1階などで営業し、それぞれコンパクトに立地しているので、高齢者や弱者にとっても利用しやすくなっています。
その他、わき水が出る小さな公園もたくさんあり、大きな公園でも自然木に多少手入れする程度の整備にとどめており環境に配慮されています。
このようにヨーロッパでは、歴史を感じる統一感のある町並みが大きな財産(地域資源)であり、この価値を住民のみならず、観光客、ビジネス客など幅広い人たちが共有し、集客につながっている点です。日本では観光地と住宅地とを分ける傾向がありますが、ヨーロッパでは生活の中に観光ポイントが融合している感じを受けます。
信州も人気の観光地(軽井沢、小布施など)は街作りの明確なビジョンがあり、個性がある街並みの中に統一感があります。筆者が佐久に転勤する前、20数余年利用した東急田園都市線で人気のある「たまプラーザ駅」周辺の開発も駅前のおしゃれな商業開発と駅遠の宅地開発(学校や公園などの環境整備も実施)を計画的に行い、これにより渋谷や横浜に流れていた買い物客の流れを変えることができ、住民も街の価値を共有できる人気の街となったわけです。
筆者が在住したローマのような大都会であっても、農業は食料生産の役割だけでなく、景観、生態系および水資源のかん養の維持、地域の文化や行事の継承、住民の健康、教育、観光などの多様な役割を果たしているとの認識が広く市民レベルまで浸透していると感じました。
その理由のひとつは、ヨーロッパでは1992年の共通農業政策(CAP)改革以降、人々の生活面でも多くの役割を果たしている農業の多面的機能が政策面でも評価され、幅広い直接支援策により、経済原則の中でも多様な農業・農村が共存できる環境が保持されてきたことが挙げられます。
農業の維持のために多額の税金が投入されている訳ですから、逆に言えば住民の理解がないとこのような農業重視の政策は維持できません。
食については、イタリアのカルロ・ペトリーニによって提唱された、伝統的な食文化や食材の価値を再認識させるための「スローフード」が浸透し、会話しながらゆっくりと楽しく食事することが基本となっています。
庶民の台所であるピッチェリアにはメニューすらないお店もあるので、店員やシェフと会話をしなければ食事もできません。しかしこれにより、おいしさの秘密(食材のこだわりや料理術など)が顧客に伝わり、お店にとってもリピーターの確保につながります。
困ったことは、お会計もスローなことですが、半年もすると慣れてしまいイライラしなくなります。
また、イタリア料理は、旬な食材とオリーブオイルを利用し、皿(ピアット)間の栄養バランスもとれた、シンプルでヘルシーで家庭的な料理であり、食材の品質と料理人の技が味に直結する料理とも言えます。
中世に南イタリアの医師達が書いた「サレルノ養生訓」の中には東洋の「医食同源」のような記述もみられます。
さて、イタリアやスペインではBAR(バール、バル)と呼ばれる立ち飲みを基本とする軽食喫茶店が数多くあります。ここではコーヒーを飲みながらの情報交換、トイレや公衆電話の利用、公共交通機関(バス、路面電車、地下鉄)の切符購入の場所として、多くの住民や観光客に利用され、BAR巡り(回遊性)を楽しむ人も少なくありません。最近、松本市中心街の商店街にオープンした「カフェあげつち」は、松本大学の協力もあいまって、各種イベントを絡めて子供からお年寄りまで幅広い世代の居場所を作っています。
地方にはこのような幅広い世代や観光客が気軽に集まれる場所が不可欠だと思います。既存施設を活用すればいいので、新たに人が集まるための大型の箱物を作る必要はありません。
地方にとって農業・農村は、多様な価値を生み出す貴重な地域資源ですが、これを支える基盤の生産者は、高齢化の進展と厳しい経営環境(コスト高、売価安)のため各種の政策支援を行っていますが、離農する人が後を絶ちません。このような中、産地側も「生産」だけなく、加工や販売にも関心を持ち始め、自らが販路や消費拡大に取り組み、生産から加工・販売までを手がける6次産業化の動きが見られようになってきました。6次産業化とは、「第1次」産業(農業など)が、「第2次」産業(加工)と「第3次」産業(販売)も手がける経営形態のことです。
生産や加工方法にこだわった「ブランド化」の取り組みもその一例です。筆者は国産牛肉のバリューチェーンの専門家であった経験から、牛肉の事例を取り上げます。肉用牛には200以上ものブランド牛があり、牛の飼育方法や枝肉の格付などがその選定基準となっています。
三大和牛と言われる「神戸ビーフ」「松坂牛」「近江牛」は有名ですが、長野県では「信州牛」「りんごで育った信州牛」「信州肉牛」「阿智黒毛和牛」「北信州美雪和牛」「久堅牛」の6種類が銘柄牛検索システムに登録されています。
しかし、消費者には違いがわかりにくく、ブランド名もほぼ例外なく産地で決めているので、スーパー側で「ストアーブランド」に変更して販売されているものも少なくありません。
消費者側に立てば、牛のこだわりの飼育法以外にも牛肉のおいしさを端的に消費者に伝える努力が必要と考えます。
例えば長野県は先駆的に牛肉に含まれるオレイン酸を「おいしさ基準」としています。このような中、嗜好性に変化(健康を重視した赤肉志向や高齢化等による食べ方の変化)がみられる消費者の「牛肉」へのニーズと農家が追求する「枝肉」の品質の間に「需給のミスマッチ」の問題が指摘されています。
さて、肉用牛は13部位から構成され、さらに細かく分割され(多いもので100程度)販売されていますが、牛一頭すべての部位の特徴を活かした加工・販売ができれば、農家も消費者もメリット大です。
このためには「国産を売る力」のある小売店(地方のスーパーや精肉店)とのタイアップが不可欠ですが、現実は流通の合理化や景気低迷により、不人気な部位(ロースやヒレなどの高級部位や季節柄の不人気部位)が発生しています。
全体的に量販店の販売牛肉の種類は、切り落とし、ブロック肉(カレー用)、バラ肉、ステーキ用、しゃぶしゃぶ用が大半で、すべての部位が使われているケースは希です。
切り落としは、主にヒレ、ロースなどの高級部位以外をカットして合わせた肉で、安価で料理の汎用性があるので、売れ行きは常に上位となっています。他方で、佐久市近郊にある大正時代創業の精肉店は、お客の目の前でカットし、対話を通じて料理に合う新鮮な部位をお手頃価格で販売しているため、いつも常連客で賑わっています。
しかし、このような精肉店は全国で激減しています。 地方の特産品についても、代表的な種類(そば、味噌、ジャム、菓子類、青果物など)は地域間で大差なく、どこにいっても似たようなお土産が並んでいます。特産品で人を呼び込む伝統的手法ではなかなか成功しないのが現実です。
佐久市民となり早5年が過ぎ、最近、ようやく一般市民の方と交流する機会が増えてきました。特に、千石の社、土知の森、種の交換会、みみずの学校などの自然環境、農食、地域文化の継承などにかかわる草の根活動と接点を持つ中、それぞれの地道な活動が創意工夫を行いながら持続的に行われていることに感銘しているところです。また主婦らによる食育に関する活動も活発に行われています。
このような市民レベルの取り組みは、現状では地域の活性化にダイレクトに貢献できるものではありませんが、いずれも内発力から産まれた活動であるため、もっと評価されるべきと思っています。上記の事例のうち、「みみずの小学校」は小諸市在住の方が主導する、自然や里山、農業の大切さを子供たちに体感させる取り組みです。毎月、1泊2日の日程で、農・食・里山自然体験を柱に「育てる、採集する、調理する、食べる」を体感できるイベントであり、個人の意思で行っているところがすばらしいと思います。 このような市民活動は「原石」であるのでこれを磨き上げることができれば、地域の活性化の効果が期待できると考えています。例えば食育活動の一環で生産された農産物の保存性と付加価値を高めようとする場合には一次加工する場所が必要です。
しかし、これを市民レベルで行うのは多くの困難が伴います。食育は地元で生まれ育った子供達に本物の食材や食事の価値を啓蒙する重要な活動です。このような活動に自治体等がもっと財政面だけでなく技術的な支援の手を差し伸べ、同時に地域レベルで支援していく取り組みがあることが望ましいと思っています。
佐久に来て驚いたのは「楽しそうに生活している人」が多いこと。野菜生産者については少し前述しましたが、家族経営で少量多品目の野菜や果樹を無農薬・無化学肥料で育て宅配で個人やレストランなどに配送しつつ、余った時間を家族と一緒に過ごす時間に充てて生活を楽しんでいます。
彼らの多くは比較的若い世代で、ほとんどが都会からのIターン移住者。日本の全体の農業は高齢化や販路確保が最大の課題となっていますが、彼らは元会社員であり消費者であったので、起業する前からある程度の販路が確保されています。
最大の不安材料は農業技術の取得ですが、先輩農家(師匠)の下で農業研修を受けた後に開業しています。これに佐久地域の恵まれた気象条件(特に寒暖差の大きさ)が加わり、高品質な青果物を生産しています。中山間地が多く首都圏から近い信州では、Iターン生産者の役割は大きいものがあります。
少量多品目のため農協や量販店への出荷はできませんが、実需者である消費者(特に固定客)と料理人に彼らの経営は支えられています。
料理人と直に取引しているので、さらに素材の価値が料理によって高められ、料理人によって素材の良さがPRされています。料理人も生産者から素材の価値を学ぶなどのメリットもあります。
一般住民の方と幅広くお付き合いさせていただく中、地方は「人」が素晴らしい!ということを実感しているところです。これまで地域資源は宝であり、自然・農食が代表格と書いてきましたが、その価値を伝えられるのは地域で生活している「人」なのです。東京で長年仕事をしていて、美しい景観やゆっくりとした食事は非日常的で大きな魅力を感じます。このため、当地まで足を運んでもらい、ゆっくり滞在してもらうためには、「モノ」や場所ではなく、人やくらしに魅力を感じるかどうかではないかと思います。飲食店の魅力は、料理はもちろんのことですが、料理人の人柄、素材や料理法に一切妥協しない姿勢、空間なども大きな要素だと思うのです。
次に地方創生の事業について触れたいと思います。現在、中央政府の掛け声で地方創生のために多くの予算が計上され、各種取り組みが展開されています。しかし、何か事業を実施することが目的となっているように思えるのです。例えば「居住者を増やしたい」「観光客を増やしたい」「中国人などの買い物客を増やしたい」といった目的のために各種取り組みが行われていますが、ターゲットが曖昧なものが少なくないと感じています。
「観光客」といっても、日本人の学生、若い子供連れの世代、高齢者や弱者の方、外国人観光客においてもアジア、ヨーロッパ、アメリカ人などのニーズは多様なため、ターゲットを曖昧にした事業を行っても成果の検証のしようがありません。事業の予算化と実施に重点が置かれて、実施成果の客観的な検証が行われていないのが実情です。
地方創生の取り組みの中にはブランド化事業も多くみられます。①モノ(特産品など)、②場所(観光地など)、③人・くらしにその対象は分かれます。①と②はどの地方でも取り組まれており、差別化が難しくなってきています。他方で、③の人や生活の中の価値をブランド化している事例は少ないのが実態です。日本に来るインバウンドのニーズも③にシフトしている状況が見受けられます。これまで光が当たっていなかった日本の地方都市の文化・歴史、食文化、慣習などを体験し、じっくり滞在したいというインバウンドのニーズは今後も増えていくと思っています。有名観光地以外の地方都市は、インバウンド対策が遅れているように思えますが、人やくらしのブランディングはインバウンドだけでなく、首都圏など他県の人々のニーズでもあると考えます。
首都圏や海外からの来客に対して筆者が案内するのは、以下のとおり自分が魅力と感じている佐久の生活、そのものなのです。
◯ 水田(はぜ掛け、稲穂に群がる鷺の集団など)
浅間山がきれいに見える場所
◯ 地場産食材豊富な地元スーパーや直売所
◯ 農法にこだわり自ら販路開拓も行っている
野菜・果樹生産者
◯ 地場食材にこだわり、5感に響く食事やコーヒーを提供するレストランとカフェ
◯ 地元の人が利用する山間の温泉地
◯ 星空
◯ 長野牧場(日本の「山羊の聖地」、並木道)
情報発信も地方都市の課題です。有名観光地の情報発信の方法との格差は広がるばかりです。SNSなどの発信手法の問題ではなく、利用者目線の情報提供が行われていないなど発信する情報の中身の問題がほとんどです。情報への投資効果は即効性があるので、地方自治体は優先的に取り組むべき課題と考えます。
家畜改良センター長野支場は2016年に、創立110年を迎えました。1906年(明治39年)に近畿・中部地方向けの軍用馬の改良を目的とする国家機関(長野種馬所)として設立され、その後、乳牛やウサギの導入・改良などの業務を展開し、現在は佐久市の恵まれた気象条件(高晴天率、少雨)と肥沃な土壌を活かして、①家畜のエサとなる牧草品種のもと種子(すべて国内で育種された品種)の生産、および②乳用山羊(日本ザーネン種)の民間での改良を促進するため、優良な血統の山羊の維持と配布、を行っています。東京ドーム21個分の大半の用地はイネ科の牧草の種子生産に供されています。日本の風土や地域の作付け体系に合った優良な牧草種子の生産性が上がれば、農家は優良な種子を安く購入でき、高品質な牧草収量の増加により健康な牛を育てることができ、牛の生産コストの半分以上を占めるエサ代の節約にもなります。
他方で、山羊については飼いやすさや親しみやすさから、畜産利用だけでなく、耕作放棄地対策や愛玩用としての利用、さらにはアレルゲン物質がほとんど含まれない山羊乳・乳製品加工や山羊肉としての利用への関心が高まっています。
牧場の地域貢献としては、①教育への支援(乳幼児学級、職場体験学習、青空教室など)、②イベントの実施又は協力(花見・長野牧場まつりの実施、ぞっこん!さく市・ぴんころウォークin佐久平への協力)、③市民の憩いの場や健康増進の場としての活用(ふれあい広場やランニングロードの開放)、を行っています。
しかし牧場の周辺環境は近年大きく変化し、急速な宅地化と場内を十文字に区切る市道の通行量の増加、樹木の罹病化と老木化、により、予算・人員が毎年削減される中、地域対策費(樹木管理、災害防止、除草、清掃など)が増大し、本業の予算を圧迫している状況にあります。
本業での成果が上がらなければ、業務の縮小は不可避で牧場廃止の方向に進む恐れもあります。
このため、職員一同、日本の牧草種子生産と優良山羊の供給基地としての使命を果たしつつ、地域との共生にも十分に配慮しながら最大限努力してきますので、今後とも長野牧場の仕事と地域貢献に対してご理解いただければ幸いです。
佐久商工会議所会報「さく」にて2015年4月から12月号 にかけて連載した記事を編集して再掲いたしました。